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日本ではある本から、「独身女性を負け犬」「既婚女性を勝ち組」という言い方が流行っているらしい?!いつかこの本も読んでみたいな、イメージと違って面白いという噂。

今でも我ながらなぜ自分が結婚できたか、いや、「お互いに結婚したいと思った相手」にどうして会えたのか不思議に思うことが多い。ちなみに、私はすごく奥手で恋愛経験も少なかったけど、特に大卒の友達の仲では一番に最初に結婚した。

日本での就職活動ではよく知られている「自己分析」。自分の性格や歴史、今まで頑張ったこと、これからやりたいこと、自分に関するいろんなことを分析し就職活動に生かす。超氷河期と呼ばれる時代に就職活動した人は、少なからずやったことはあるはず。

実は、私はこれを恋愛において無意識に早々と実践していた気がする。「自分を知る」って簡単なようで一番難しい。なぜなら、本音と建前があるように他人からもわかる目に見える行動だけではなく、その行動した時の気持ち、つまり葛藤や本音を知ってしまっているからだ。

(すべて私の想像ですが・・・)
例えば、友達が結婚したとする。表面上は「おめでとう、嬉しいよ。披露宴するなら手伝えることなら何でも言ってね~!」なんていいながら、心の中では嫉妬や妬みを感じ、結婚相手の品定めまでしてしまっている。手伝いだって本当はやりたくないのが本音。

結婚を控えた友人や周りはそんな自分の妬みには気付かず、気立てのいい友達だと思ってくれている。しかし自分の心は、もし手伝うことになってもそれが本心からでないことを知っているし、嫉妬心で心からお祝いできないでいる部分も知っている。

仕事場でもそう。周りの評価とは裏腹に、本音の自分のやりたい事や自分の能力に合っているとは到底いえない。

そういった本音と建前が自己評価と客観的評価のズレになり、自己分析を難しくするのではないかな。

恋愛もそう。誰もが認めて羨むような「客観的評価での理想の相手」と、「あるがままの自分自身に合った理想の相手」がかけ離れている人が、結婚したいとお互いに思う相手にめぐり合う機会を遠ざけている気がする。所謂、結婚願望はあるのに結婚が遅い人にこの傾向は強くないかな?

よく「あなたの理想は高いのね」というけれど、平たく言うとそれはずばり「あなたの理想は身の丈に合ってないよ」と言われているのと同じだと思ったほうがいいと思う。

しか~し、客観的理想の相手が必ずしも、自分にとって完璧な相手になるわけでないというのが重要なポイント。もう死語だけど、3高男があなたの幸せを保障するとは言えないわけで・・・

結婚や恋愛の失敗が多い親戚など周囲を観察していた私がよく考えたのは、「究極、何が自分にとって許せないかを知る」こと。自分の許容範囲を知るということは、長い結婚生活において重要だと思うから。恋愛中は誰でも人のいいところは嫌でも目に付くのは当たり前。でも、嫌なところをどこまで自分は我慢できるかっていうのに運命はかかっているのかもしれないと思うのです。自分が許せない相手の嫌いなこと、もしくは絶対許せないこと(理想の反対)、これって単純なようで人によって実にさまざま。

私の許せない男子
1.女・子供に暴力を振るう(公になっている統計だけでも10人に一人がDV男と言われています)

2.浮気をする。(これはバレなければ容認できたり、離婚の決定打にならない女性もいる。)

3.博打が好き。(おこづかいの範囲を超えてしまう人は、私はダメ)

この3つが究極のダメ条件。
あとは、持っていてほしい条件は「思いやり」。よく言われる「優しい」って優柔不断の裏返しだと思うので、優しい男は私の中では要注意。思いやりと優しさは似ていて異なるものだと思うし。思いやりのある人は、時に厳しくきつい事も相手を思えばこそ言えてしまうのだ。

どっちがいいか究極の選択。
1.年収1千万以上で人が羨む職業の夫。でも浮気しまくりで仮面夫婦のセレブ生活。親戚のいざこざも夫は結局、いつも姑の味方

2.愛妻家で誠実、働き者だけど安月給の夫。もちろんマイホームパパでもある。親戚のいざこざも夫はいつも自分の味方。

私は断然2!これも人によって違うと思う。
つまり、自分の価値観の優先順位は十人十色って事なんだよね。

あと、理想の相手に「あれば直良しの条件」もろもろは沢山あったけれど、それはなくてもどっちでも良い程度の事だったかな。容姿、体型、ファッションなど。でも、顔は生理的に受け付けない人はやっぱり無理だと思っていました。これから長い人生毎日あわせる顔…自分が好きな系統ははっきりしているな…容姿や体型は時とともに変化するし(笑)

私自身は、世間的評価とは多分かなり違っているけれど、今はお互いに「完璧だと思える相手」に幸運にも出会えたと思っている。こんなに「日本的には主婦失格でダラ奥」なのに、いつも「完璧な妻」と言ってくれる夫(苦笑)。私も彼に何の不満もない。彼の欠点も全部含めて好きだから。

「世間的評価」を気にしなかった私の結婚は、世間的評価を気にする人にとっては、いわゆる「妥協した結婚」になるかもしれない。または、夫の友達に私を見てそう思う人がいるかもしれない。

でも結局のところ、周りがどう思うと自分にとって完璧な相手であればそれでいいと思う。一緒にいてすごく心地がよく楽だし、何より幸せなんだよね(ウフフ)(←きもい)。
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