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母のことを書くのは文章力のない私がちゃんと本意が伝わるように書ける自信がないし、さらっとした書き方で軽んずることになるのではと、躊躇したのですが、まとめようとすることで返って気持ちの整理になったので、泣きながらでも書いてよかったと思います。

でも、いろいろな思いが蘇ってきて、火曜と水曜日は何にも集中できず、したがって勉強もできませんでしたface3(ただの言い訳やけど)まだ、書きたい事もありますが、重い話を続けるのもあれなんでまたの機会にでも。

ところで、夫の風邪が移ったようで、昨日の朝からのどに違和感が・・・ヽ(TдT)ノ…
NG私に移した成果か、彼の風邪はお陰様でほぼ直りました。心配してくださった方々、有難うございました)

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アメリカでは本日は「感謝祭」。水曜日の午後から、大学のキャンパスは土曜日のようにガラガラに。他州に実家がある生徒は、飛行機やドライブの時間があるので、夕方の授業を休んだりする人も。飛行機の場合は、クリスマス同様なかなか丁度いい時間に、座席が取れないようです。

幸い、うちの義理家族は隣町に住んでいるので、今日は朝遅めに起きて、正午過ぎに出かけました。

食事などについては、別に投稿しようと思っていますので、お楽しみに;)(エー!?誰もあまり興味ないって?!)

前回姑にした話の続きを、じっくりすることが出来ましたface1。夫には普段、散々聞いてもらっている私の相談事も、実母や姉に聞いてもらっていたように、女性としての女友達関係のことを姑に話せて、すごくすっきりした気分です。

彼女の意見は、夫や姉と同じなんですが、私は彼女を尊敬しているので、自分の見解に同意してもらえると、単純に嬉しいのです。

昔から私は、心に引っかかることがあると、自分で分析してそれを誰かに聞いてもらい、意見を聞かないと、ずっとその事に執着してしまう癖があるのです。分析して自己解決しないと、前に進めなくなってしまうので困ったものです。

最近、人間関係や進路で悩んだ時も、夫や姉、高校・大学時代の親友たち、そして姑に話しを聞いてもらって、それぞれから意見を聞いて、納得するまでまた考える。その繰り返しがいつものパターン。

人間関係でここまで考えることって、めったに起こらないのがまだ救いかもしれません。あまり気が合わない人とは、付き合わないからかもしれませんが。

姑は今日も私の隣に座りこみ、1時間以上も私の拙い英語での相談を、じっくりと聞いてくれました。私のプライベートな相談以外でも、毎晩のように放送しているSex and the Cityを彼女も見ているようで、番組の話やジェシカ・シンプソンが離婚を発表したというゴシップ話まで、姑というよりも女友達のように何でも話せて楽しいのです。

そもそも、私が話をしたがっている様子や、私の言いたいことを察してくれる姿は、日本の家族や学生時代の親友たちのようでとても有難いです。

夫はいつも、その様子を見ていて「彼女は本当に君のことが好きみたいだねheartと言っています。
私も姑が大好きだし、Everybody Loves Raymondのように嫁姑問題に悩む人たちがいる中、私は本当に彼女のような人が姑で、ラッキーだと感謝していますflower
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昨夜、ドラマを見た後に思い出した話。
母が亡くなったという知らせから、日本行きの飛行機時間まで丸一日。
その間に夫が話してくれたエピソードがあります。

母が亡くなる数日前、彼の職場のお客さんが、

「ある不思議な絵を見たんだ。その絵はベッドに横たわる女性と、その女性を見下ろす若い男性が描いてあってね。実は、若い男性はその女性の息子で、幽霊なんだよ。その絵はね、母親であるその女性が死んだ息子を想うあまりに、その息子の魂が成仏できないでこの世に残ってしまっていることを描いているんだよ。」

と何の脈絡もなく、夫に話したそうです。普段から、仕事以外の話をお客さんとすることはあまりないし、ましてやそんな話だなんて変な人だなぁ、とその時は思ったらしいです。

日常の中での「あの時、こうしておけばよかった」とか母との思い出で、たくさんの小さな後悔で思いつめている私に、そのお客さんの話と彼の気持ちを話してくれました。その一部ですが

「その絵が描くように、君がお母さんをこの世に引き止めることをしてはいけないよ。彼女の魂を自由にしてあげて。Don't hold her back. You have to let her go.」と・・・

それを聞いて、「もっと生きていて欲しかった」「もっと話がしたかった」などの、もう叶わない私の願望は、かえって母を苦しめることになるのではないか。残された者は辛いけれど、こちらの一方的な願望で母をこの世に縛ってはいけないと、前向きに考えるキッカケとなったのです。

長いフライトを終えて、葬儀の時には「長い間、病気と闘いながらいろんなこと、よく頑張ってくれてありがとう。本当にお疲れ様でした」と思えるように。
(そういえば、こんな感じの短い手紙を書いて、司会者に読んでもらった後、棺桶に手紙を入れてもらいました。とてもじゃないけど、自分では読めなかったのが残念ですが)

そのエピソードを思い出し夫に聞いてみると、そのお客さんと話した内容とか、すっかり忘れてしまっていたのです。私が「あなたの話に納得して、すごく気もちが楽になったのに覚えてないの?!」と言うと

「あの話がそんなに君にとって役に立ったのなら、元々その話は僕ではなくて、君に伝えるために存在したんじゃない?そのお客さんは、実は神様から送られた天使メッセンジャーだったのかもしれないな。時々、神様はそういうミステリアスな方法を使うんだよ」

私はクリスチャンではないので、この手の話は苦手なのですが、それにしても私には偶然とは思えない、不思議なエピソードです。

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